織田信長 (1534〜1582)
本拠地:尾張の国 清州城、美濃の国 岐阜城、近江の国 安土城
父:織田信秀
母:土田御前
正室:濃姫
師:自分自信か?
傅役:平手政秀
あだ名:戦国の覇者
身長:165cm
体型:やせ型
血液型:AB型か?
宗教:日蓮宗のちキリシタンに理解を示すが、自分を神と考える傾向もあった。
嗜好:湯漬け、田舎風の味付け、鷹狩、乗馬、鉄砲、水泳、茶の湯
評価:徹底的な合理主義者。生まれついての冷酷な支配者。
備考:生後まもなく幼児の信長はな古野城の城主となった。後見は平手政秀ら4人の傅役である。父・信秀はそこから9キロほど離れた勝幡城を拠点に各地を転戦し、忙しかった。自我を超える存在(神・仏)を持たず、ついには自らを神とする下地は、こうした生まれながらの殿様生活に原因があるのかも知れない。何人もの乳母の乳首を噛み切るというかんの強い子供として育ち、奔放不覇な性格の若者に成長して、十三歳で元服する。以後彼は家督相続の競争者と思われる弟を次々に退けた。十八歳で家督を継いでいる。信長の学問上の師は明確ではない。清州に程近い、天永寺住職の天沢が関東に下った時のこと、甲州の国通過に際し信玄に拝謁した。信玄は信長とはどんな男かとたずねる。−鉄砲の師は橋本一ぱ、弓の師は市川大助、兵法は平田三位、さらに舞の師は松井友かんですーというのがその場の返事であった。いずれにせよ、生母・土田御前に嫌われ、父・信秀から捨て育てに近い状態に扱われたことが独裁者信長の性格形成に大きく影響している。信長の師は自分自信であったといえよう。
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