伊達政宗 (1567〜1636)


 本拠地:陸奥の国 米沢城
 父:伊達輝宗
 母:義姫
 正室:愛姫
 師:虎哉宗乙
 傅役:片倉景綱
 あだ名:独眼竜
 身長:159.4cm
 体型:がっしり型
 血液型:B型
 宗教:神仏混淆
 嗜好:派手好み、酒好き、茶の湯、香道、和歌、漢詩、鷹狩
 評価:粘り強く一つの事を成し遂げようと努力するが、性格が明るい為、陰湿な「おたくタイプ」を免れている。
 備考:数え年五歳で疱瘡にかかり、右眼を失った政宗は母の義姫から嫌われた。其の事を心配した父・輝宗は六歳の政宗を虎哉宗乙に委ねる。当代一の禅機を示した、快川紹喜の高弟で、下野雲岩寺の大虫とあわせ、天下の二甘露門と詠われた名僧でもある。最初は固辞して受けなかった宗乙も、輝宗の叔父・康甫の熱心な勧めにあって納得し、米沢城近くの資福寺に入り、政宗の師となった。政宗の仏教、漢学の素養は宗乙によって培われたといえよう。また、武将としての克己心を高めたのが、傅役として、十歳の時から政宗に仕えた片倉景綱であろう。幼い主人であっても手加減なしに政宗を鍛えた。十一歳で元服。十三歳で三春城主、村田氏の娘愛姫を正室に迎え、十五歳で初陣を飾る。父・輝宗は政宗の資質を信じ、政宗十八歳の時に家督を譲った。翌年、畠山義継の謀略にかかり捕らわれた父・輝宗を、義継ともども政宗は銃撃する事になる。自分の最初の理解者を自らの手で葬らねばならなかった事がその後の、苛烈な東北制圧事業に反映していくのである。


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