徳川家康 (1542〜1616)
本拠地:三河の国 岡崎城、武蔵の国 江戸城
父:松平広忠
母:
正室:築山殿
師:太原雪斎
あだ名:狸親父、東海道一の弓取り
身長:155cm
体型:でっぷり型
血液型:A型か?
宗教:神仏混淆、浄土宗
嗜好:麦飯、豆、製薬、鷹狩
評価:質素着実で、無口なタイプ。自己の欲望のコントロールに長け、現実重視の慎重な人柄。カンどころを押さえるのが上手。
備考:駿河、尾張の間の緩衝国・三河の国人領主・松平広忠の子供に生まれた家康の前半生は、両国の往復ローラーの犠牲に共された。幼い家康は人質として今川義元のもとに送られる。途中一度は織田信秀に捕らえられ転禁されたが、父・広忠の死をめぐる動乱のどさくさに今川方に奪回された。其の後、八歳から十二年間に渡って駿河に在住している。その間、義元の軍師で臨済寺二世住職、太原雪斎に交わり報陶をうけたと伝えられる。十四歳で元服し、十六歳で正妻築山殿を迎えた。武将としての初陣は十七歳のとき、織田方へ寝返った三河寺辺城主・鈴木重辰を攻めており、軍功の褒賞としてきゅう領の一部の返還をうけている。家康の性格の用心深さ、律儀さといったものは、この駿河人質時代に生まれたものだが、軍師・雪斎による教育をうけたこと、婚姻の相手が今川義元の姪であったことなどから、完全に自由を封殺された立場という人質というより、保護下に置かれた国のプリンス(一門格)という立場であったという考え方も出てきている。
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